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渡部史也wiki風プロフィール紹介!工場勤務から日本5位へ、”超新星”の軌跡を徹底解説

「工場勤務の24歳が、仕事を辞めて日本5位になった」

ボクが渡部史也選手を知ったのは、SNSに流れてきたポージング動画だった。

無駄のない肉体が、音楽に合わせて動く。

思わず手が止まって、「この人、何者だ」と検索した。

筋トレ歴6年のボクがここまで心を動かされた選手は久しぶりだ。

「鈴木雅2世」と呼ばれるほどの完成度、フィジークからボディビルへの転向、そして24歳で仕事を辞めて上京するという決断——その全てが、単なるスポーツの話を超えている。

この記事では、渡部史也選手のプロフィール・大会実績・トレーニング哲学・食事法から、工場を辞めて職業ボディビルダーになるまでの経緯まで丸ごと解説する。

読み終わる頃には「好きなことに全振りするってこういうことか」という感覚になってもらえるはずだ。

この記事でわかること
  • 渡部史也のプロフィール(年齢・身長・体重)
  • フィジーク〜ボディビル転向の経緯と大会実績
  • 工場を辞めて上京した理由
  • トレーニング哲学
  • SNS・メディア情報
目次

渡部史也とは?まず基本プロフィールをチェック

「渡部史也って結局どんな人なの?」というところから始めよう。

ひと言で言うなら、工場勤務をしながら週7日トレーニングを続け、24歳で仕事を辞めて職業ボディビルダーになった”規格外の超新星”だ。

フィジークからボディビルに転向してわずか1年で日本ジュニア王者になり、2年目で日本選手権5位という結果を叩き出した。

プロフィール一覧

項目内容
氏名渡部史也(わたなべ ふみや)
生年月日2001年8月8日(24歳)
身長168cm
体重74kg(オン)/87kg(オフ)
出身地愛媛県
所属ジムゴールドジム新居浜愛媛(現在は上京)
前職2交代制工場勤務
現職職業ボディビルダー
憧れの選手鈴木雅選手・フィル・ヒース選手
合言葉「渡部史也最強!!」

「168cmで87kg(オフ期)」という数字に驚いた人も多いんじゃないかな。

ボクも最初にこの体重を見たとき「いや絶対太ってるやろ」と思ったが、実際の見た目は絞りと丸みが共存した異次元の肉体だ(笑)。

一般男性の168cmの標準体重が約63kg前後なので、いかに筋肉量が規格外かがわかるぞ。

注目してほしいのが「前職:2交代制工場勤務」という部分だ。

世の中にはジムのトレーナーや栄養士をしながら競技を続ける選手が多い中、渡部選手は製造業のライン工として夜勤もこなしながらトレーニングを続けていた。

この「普通の仕事をしながら」というバックグラウンドが、多くの人の心を動かしている理由だと思う。

憧れの選手として挙げている鈴木雅選手は日本ボディビル選手権を7連覇した現役レジェンドで、フィル・ヒース選手はアメリカの「Mr.オリンピア(世界一のボディビル大会)」を7連覇した世界的スター。

渡部選手はこの2人を目標に掲げており、「和製フィル・ヒース」を目指していると公言している。

「鈴木雅2世」と呼ばれる理由は?

弱点のない体のバランス・絞りの質・ポージングの完成度が、日本ボディビル界のレジェンド・鈴木雅選手に通じると評価されているため。

渡部選手が紫のビルパン(ボディビル用のパンツ)を着用するのも鈴木雅選手へのリスペクトから。

24歳・168cm・工場勤務からここまでの肉体と実績。「環境がないから無理」という言い訳を真っ先に否定してくれる存在だぞ!

高校球児から工場勤務へ──筋トレとの出会い

プロフィールを見て「すごい選手だな」と思った人も多いと思うけど、渡部選手の出発点は決して特別なものじゃなかった。

むしろ、どこにでもいる「普通の若者」だ。

高校時代:野球部で体を動かすことに目覚める

渡部選手の原点は高校時代の野球部だ。

競技としての野球を続けながら、体を動かすこと・鍛えることへの興味が芽生えていった。

「体を動かすのが好き」というシンプルな感覚が、後の競技人生の土台になっている。

社会人になってジム通いを開始──そして競技の世界へ

高校卒業後、渡部選手は愛媛の工場に就職する。

2交代制・夜勤ありのシフト勤務だ。

社会人になってジムに通い始めると、ジムスタッフに競技への出場を勧められた。それがフィジーク競技との出会いだ。

夜勤明けでもジムに行く──週7日トレーニングという「当たり前」

工場勤務をしながら、渡部選手は週7日のトレーニングを日課にしていた。

2交代制なので朝勤・夜勤が入れ替わる生活の中で、それでもジムに行き続けた。

本人はこう語っている。「18歳のときからその環境なので他を知らず、今の環境が普通というか当たり前になっています」と。

親のサポートも支えになった

競技を始めたころ、食事面では親にサポートしてもらっていたというエピソードもある。

愛媛という地方に住みながら、家族の協力を得てトレーニングと仕事を両立していた。

フィジークで全国制覇──しかし「物足りない」

工場勤務・週7トレーニングという生活の中で、渡部選手はフィジーク競技の世界で頭角を現していく。

フィジーク時代の大会実績

大会結果
2021年マッスルゲート四国大会 メンズフィジーク優勝(初大会)
2021年オールジャパン・フィットネスチャンピオンシップス ジュニア優勝
2022年オールジャパン フィジーク一般5位
2023年オールジャパン フィジーク一般12位

初大会で優勝、同年のオールジャパン・ジュニア(23歳以下の全国大会)でも優勝という華々しいデビューだ。

初大会でいきなり優勝というのはフィットネス界でもかなり珍しいケースで、当時から「ただものじゃない」という評価を受けていた。

全国制覇しても満たされなかった理由

しかし2022年・2023年と一般部に挑戦するうち、渡部選手の中に違和感が芽生えていく。

フィジークは「スポーティでかっこいい体」のバランスを競う競技だ。

ウエストの細さやVシェイプのシルエットが評価される。つまり、ある程度以上に体が大きくなると逆に評価が下がるという側面がある。

渡部選手はこう語っている。「体はでかければでかいほどカッコいいと思っているので、脳みそ的にボディビル向きだったんでしょうね」と。

フィジークで全国優勝しているのに、自分が求める肉体の方向性と競技の評価基準がどんどんずれていく。

「もっとデカくなりたい」という衝動と「バランスを保たないと評価が下がる」というジレンマの間で、渡部選手は揺れ続けた。

「やるならとことん突き抜けてしまえ」──ボディビルへの転向を決意

2024年、渡部選手はフィジークからボディビルへの転向を決断する。

マスキュラーフィジークなどの選択肢はなくて、やるならとことん突き抜けてしまえと思いました」という言葉通り、中途半端な転向ではなく、完全にボディビルに振り切った。

24歳・168cm・工場勤務からここまでの肉体と実績。「環境がないから無理」という言い訳を真っ先に否定してくれる存在だぞ!

ボディビルへ転向──1年目で日本ジュニア制覇

「やるならとことん突き抜けてしまえ」という言葉通り、渡部選手のボディビル転向後の活躍はまさに”無双”だった。

ボディビル転向後の大会実績

大会結果
2024年日本ジュニアボディビル選手権 70kg以下170cm以下級優勝
2024年日本ジュニアボディビル選手権 オーバーオール優勝(審査員オール1位票)
2024年西日本男子ボディビル選手権優勝
2024年日本男子ボディビル選手権(日本選手権)13位(ファイナリスト寸前)
2024年ジュラシックカップ グランドクラス5位
2025年日本クラス別ボディビル選手権 75kg以下級2位
2025年日本男子ボディビル選手権5位入賞

ボディビルデビュー戦の日本ジュニア選手権は、127名という過去最高の出場人数だった。

そんな激戦の中、審査員全員から1位票という圧倒的な評価でオーバーオール(全クラス総合優勝)を制した。

さらに同年の西日本選手権も制し、日本選手権にも初出場でファイナリスト寸前の13位に食い込んだ。

「鈴木雅2世」「超新星」という異名がこの年に定着したのも納得だぞ。

「デカくなっていいんだ」──転向後に体が急激に変わった理由

渡部選手はボディビルへの転向についてこう語っている。

「ボディビルするぞと強く思ったら、そこから急にデカくなりました。フィジークのときはデカくなるぞ、とはそこまで強く思わなかったので、無意識のうちにリミッターのようなものを設けてしまっていたのかもしれません。ボディビルに転向を決めて、デカくなっていいんだ!と思ってから急にデカくなりました」

2025年:日本選手権5位入賞で”伝説の幕開け”

2025年の日本男子ボディビル選手権では、大会出場最年少・24歳でついに5位入賞を果たした。

2年目で日本の頂点に限りなく近づいたこの結果は、メディアから「伝説の幕開け」と評された。

次への課題として渡部選手自身が語るのは「上半身の厚み」と「全体的な筋量アップ」だ。

昨年の日本選手権で須山翔太郎選手や嶋田慶太選手の隣に並んだとき、「一回りか二回り筋量が足りない」と感じたという。

5位入賞してなおそう感じる謙虚さと向上心、これが”超新星”たる所以だろう。

ボディビルデビュー1年目でジュニア日本一、2年目で日本選手権5位。このスピード感、日本ボディビル史上でも異例中の異例だぞ!

工場を辞めて上京──「職業ボディビルダー」という選択

大会実績を積み上げながら、渡部選手の中で一つの決断が固まっていった。

2025年9月、渡部選手は愛媛の工場を退職し、単身上京した。

この記事を読んでいる人の中には「え、仕事辞めちゃったの?」と思った人もいるんじゃないかな。

でも渡部選手にとってこれは、衝動的な判断じゃなかった。

日本選手権5位という結果と、「本気で日本一を目指す」という覚悟が重なった末の決断だ。

「飛ばすとこは飛ばさないと」──決断の言葉

渡部選手は上京の理由についてこう語っている。

「日本選手権っていうのはネジぶっ飛んでる人らの集まりなんで。飛ばすとこは飛ばさないと。本気で日本一目指します」

NEXT HEROSのファイナリストにも

上京と同時期に、渡部選手は「NEXT HEROS」にも参加している。

NEXT HEROSってなに?

ジュラシック木澤こと木澤大祐選手が中心となって立ち上げた、次世代のプロボディビルダーを育成するオーディション番組。日本のボディビル界で注目される若手選手たちが参加し、渡部選手はファイナリストに残った。木澤選手自身も現役トップビルダーであり、競技者目線の指導が受けられる環境だ。

渡部史也のトレーニング哲学

「渡部選手ってどんなトレーニングをしてるの?」——筋トレをやっている人なら絶対気になるところだよな。

結論から言うと、渡部選手のトレーニングは「理論より感覚・フリーウェイト優先」が基本スタイルだ。

難しい理論を学んで体に落とし込むのではなく、感覚を研ぎ澄ませながら体の反応を見て判断する。

基本スタイル:感覚優先の独学トレーニング

渡部選手のトレーニングで特筆すべきは、全て独学・YouTube学習という点だ。

専門的なコーチや指導者につかず、「気になる種目があればとりあえずやってみて判断する」というスタンスで驚異的な肉体を作り上げてきた。

本人は「丸くなれ〜デカくなれ〜としか思っていない」と語っており、POF理論などの専門知識を深く学ぶというより、自分の感覚と体の反応を最優先にしている。

POF理論ってなに?

筋トレの種目を「筋肉が伸びた状態(ストレッチ)」「中間の状態(ミッドレンジ)」「収縮した状態(コントラクト)」の3つのポジションに分類し、それぞれをバランスよく鍛える考え方。多くの上級トレーニーが意識するが、渡部選手は理論よりも感覚でこれを自然にこなしているとも言える。

主な種目と使用重量

脚:
スクワット(200kg×3rep)/レッグエクステンション/レッグプレス/ハックスクワット/プローンレッグカール/ダンベルブルガリアンスクワット(片手61.2kg)/ルーマニアンデッドリフト/インナーサイ・アウターサイ・カーフ

胸:
インクラインバーベルベンチプレス(120kg×5〜6rep)※フラットは肩の痛みで除外

腕(二頭筋):
EZバーカール/インクラインカール/プリーチャーカール
※収縮を意識した種目を徹底。ストレートバーは関節を痛めた経験からEZバーに変更。

スクワット200kg・インクラインベンチ120kgという数字、これがどれだけすごいか伝わるかな。

一般的な男性のスクワットの平均は体重×1倍程度(体重70kgなら70kg程度)と言われているので、渡部選手の200kgがいかに規格外かがわかるぞ。

トレーニングの考え方

①フリーウェイト種目を最初に持ってくる
体が一番フレッシュな状態でバーベルやダンベルを使う種目をこなし、その後マシン種目を入れるスタイル。

疲れた状態でフリーウェイトをやると怪我のリスクが上がるため、順番にも意味がある。

②重量は「根性で一度挑戦してみる」
「挑戦として一度根性で挙げてみて、いけると思ったらその重量をキープする」というスタイル。

理論的な漸進性(少しずつ重量を上げていく方法)より、挑戦と感覚で重量を決めている。

③ポージングとトレーニングを一体化させる
「トレーニング中にポーズで力が入るように練習する」というのが渡部選手の独自スタイルだ。

ただ筋肉を動かすだけでなく、大会でのポーズで映える筋肉を意識しながらトレーニングする。

これはトップビルダーでも意識している人が少ない、渡部選手ならではのアプローチだぞ。

FAQ──よくある疑問をまとめて解決!

ここまで読んできて「あれ、これってどういうこと?」と思った疑問をまとめて解決するぞ。

Q. 渡部史也の読み方は?

A. 「わたなべ ふみや」と読む。「ふみや」という読み方は珍しいので検索で迷う人も多いようだぞ。

Q. 渡部史也はどこの出身?

A. 愛媛県出身。ゴールドジム新居浜愛媛に所属していたが、2025年9月に上京している。

Q. 渡部史也は今も工場で働いているの?

A. 2025年9月に退職済み。現在は職業ボディビルダーとして活動中だ。上京後は競技に専念しながら、SNSやメディアでの情報発信も積極的に行っている。

Q. 「鈴木雅2世」と呼ばれる理由は?

A. 弱点のない体のバランス・絞りの質・ポージングの完成度が、日本ボディビル界のレジェンド・鈴木雅選手に通じると評価されているため。渡部選手が紫のビルパン(ボディビル用のパンツ)を着用するのも鈴木雅選手へのリスペクトから。鈴木雅選手は日本選手権7連覇を誇る現役最強のボディビルダーだ。

Q. NEXT HEROSとは?どこで見られるの?

A. 木澤大祐(ジュラシック木澤)選手が中心となったプロボディビルダー育成のオーディション番組。渡部選手はファイナリストに残っている。詳しい視聴方法はNEXT HEROSの公式SNSをチェックしてみてくれ。

Q. 「和製フィル・ヒース」とは?

A. フィル・ヒースはアメリカのボディビル界の最高峰「Mr.オリンピア」を7連覇した伝説的選手。体のどこにも弱点がなく、全身のバランスが完璧と評価されている。渡部選手も同様に弱点のない均整のとれた肉体を持つとして「和製フィル・ヒース」と称されることがある。渡部選手自身もフィル・ヒースを憧れの選手として挙げており、「日本のフィル・ヒースになる」ことを目標にしている。

Q. 渡部史也のSNSはどこで見られるの?

A. Instagramは@muscle.gram8で発信中。大会後の振り返りやトレーニング動画など、ファンとしても参考になる投稿が多い。またFITNESS LOVEやVITUP!などのフィットネス専門メディアでインタビュー記事も複数掲載されているぞ。

Q. 渡部史也は彼女いるの?

A. 本人からの公式な発言はなく、現時点では非公開だ。24歳で上京・競技に全振りしているという状況を考えると、プライベートの時間はほとんどないんじゃないかと思う(笑)。

まとめ──渡部史也が証明したこと

最後まで読んでくれてありがとう!この記事で紹介したことをざっくりまとめるぞ。

  • 工場勤務・夜勤ありの環境でも週7トレーニングを「当たり前」として続けた
  • フィジーク初大会で優勝・全国制覇しながら「物足りない」と感じボディビルへ転向
  • ボディビルデビュー1年目でジュニア日本一、2年目で日本選手権5位入賞
  • 24歳で工場を辞めて上京、「職業ボディビルダー」として生きることを選んだ
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