刈川啓志郎wiki風プロフィール紹介!CGのような大腿四頭筋を持つ23歳の”計画された強さ”を徹底解説

「これ、本当に人間の脚か?」

ボクが刈川啓志郎選手を初めて知ったのは、YouTubeで大会の動画を見ていたときでした。

ステージに立つ選手の中に、明らかに異次元の大腿四頭筋を持つ男がいた。

思わず再生を止めて、名前を検索しました。

「CGみたいな脚」という言葉がありますが、刈川選手の脚はまさにそれです。

深く刻み込まれた筋肉の溝、左右対称のバランス、そして圧倒的な存在感。

筋トレ歴6年のボクが「これは別格だ」と感じた数少ない瞬間でした。

しかし刈川選手の凄さは脚だけではありません。

靭帯断裂でサッカーを諦めた高校生が、リハビリをきっかけにボディビルと出会い、「5年以内に日本一」という期限付き目標を掲げて計画通りに日本2位まで駆け上がった——その緻密な思考と行動力が、この選手を唯一無二の存在にしています。

この記事では、刈川選手のプロフィール・大会実績から、CGのような大腿四頭筋を作り上げたトレーニング哲学、扇谷選手との歴史的な1点差の激戦まで徹底的に深掘りして解説します。

読み終わったあとには「刈川啓志郎というボディビルダーの全貌がわかった」という満足感を持っていただけるはずです。

この記事でわかること
  • 刈川啓志郎のプロフィール(年齢・身長・体重)
  • 靭帯断裂からボディビルへの原点
  • 「5年以内に日本一」という計画と大会実績
  • CGのような大腿四頭筋を作るトレーニング哲学
  • 扇谷選手との1点差の激戦
目次

刈川啓志郎とは?まず基本プロフィールをチェック

「刈川啓志郎って結局どんな人なの?」というところから始めましょう。

ひと言で言うなら、靭帯断裂でサッカーを諦めた高校生が、リハビリをきっかけにボディビルと出会い、「5年以内に日本一」という期限付き目標を掲げて計画通りに日本2位まで駆け上がった23歳です。

「CGのような大腿四頭筋」「令和の風雲児」と称される異次元の脚と、感情ではなく計画で結果を出す知性的なアプローチが、この選手を唯一無二の存在にしています。

まずは基本データを確認しましょう。

プロフィール一覧

項目内容
氏名刈川啓志郎(かりかわ けいしろう)
生年月日2001年12月27日(23歳)
身長175.5cm
体重83kg(オン)/96kg(オフ)
出身地福岡県
学歴学習院大学卒業
コーチ鈴木雅選手(コンディショニング・フォーム指導)
ポージング指導吉田真人
トレーニング週6回(6分割:胸・背中・肩・腕・脚裏・脚前)
最大の武器CGのような大腿四頭筋
目標5年以内に日本選手権優勝

身長175.5cmで大会当日に83kgというのは、一般的な175cm男性の標準体重(約68kg前後)と比べると15kg以上の差があります。しかもそれが脂肪ではなくほぼ筋肉というのが驚きです。

注目してほしいのが「コーチ:鈴木雅選手」という部分です。

鈴木雅選手は日本ボディビル選手権を7連覇した現役レジェンドで、2022年からコンディショニング指導、2024年からはトレーニングフォームの指導も受けています。

日本最高峰の指導者に師事しながら、自分の計画を着実に実行する——この組み合わせが刈川選手の強さの核心にあります。

23歳・学習院大卒・鈴木雅門下生・日本2位。プロフィールだけでも「この人、何者だ」と思わせる選手はなかなかいないぞ!

サッカーの靭帯断裂──ボディビルとの出会い

刈川選手の原点は、ひとつの怪我から始まりました。

高校1年で右膝の靭帯を断裂

中学時代からサッカー部に所属し、本格的に打ち込んでいた刈川選手。しかし高校1年の終わりに右膝の靭帯を断裂してしまい、サッカーを断念せざるを得なくなりました。

手術を経てリハビリを行うことになりますが、そこでの出来事が人生を変えます。リハビリ中に使っていた「健康バーのようなもの」でディップスをやり始めたことが、トレーニングとの出会いでした。

本人はこう語っています。「最初は健康バーみたいな感じのもの、歩行を補助するためのバーかもしれませんが、それでディップスをやり始めたんです(笑)。僕は『これはまさしくディップスをやるやつだ』と思い込んでいたんです(苦笑)」と。

リハビリから本格トレーニングへ

トレーニングにのめり込んだ刈川選手は、高校生の間は市民体育館のトレーニングルームに通い続けました。1年間の浪人中は24時間ジムに入会し、上京後はゴールドジムへ。環境が変わっても、トレーニングを続ける姿勢は変わりませんでした。

「本格的にトレーニングを始めてからは胸・背中・脚・肩・腕のようなオーソドックスな5分割で取り組んできて、特に内容の変化はありません」という言葉通り、基礎を丁寧に積み上げてきたのが刈川選手のスタイルです。

ボディビル競技にデビューした理由についても、非常にシンプルです。「単純にトレーニングが好きで筋肉も大好きなので。本能がそのようにさせたのだと思います(苦笑)」と語っています。

怪我を抱えながらも脚を鍛え続けた

ただし靭帯断裂の後遺症は残り続けました。断裂した右膝をかばった結果、左膝も膝蓋骨疲労骨折寸前まで痛めてしまいます。脚トレ中はずっと膝が痛く、3日くらい痛みが続いてから、また脚トレをやるという状態が続いていたそうです。

それでも脚を鍛え続けた結果が、あの「CGのような大腿四頭筋」です。怪我を言い訳にせず、できる範囲で追い込み続けた執念が、最大の武器を生み出しました。

靭帯断裂でサッカーを諦めたことが、ボディビル日本2位への扉を開いた。怪我が転機になることって、本当にあるんだぞ!

「5年以内に日本一」──計画された強さの軌跡

刈川選手が他の選手と一線を画す最大の特徴は、目標への向き合い方です。「いつか日本一になりたい」という漠然とした夢ではなく、「5年以内に日本選手権優勝、間に合わなければやめる」という期限付きの目標を大学1年の段階で設定しました。

大会実績一覧

大会結果
2022年マッスルゲート東京ベイ ボディビル75kg超級優勝(デビュー戦)
2022年全日本学生ボディビル選手権2位
2023年全日本学生ボディビル選手権優勝
2024年東京ボディビル選手権優勝
2024年日本男子ボディビル選手権3位入賞(初出場)
2024年ジュラシックカップ グランドクラス優勝
2025年日本男子ボディビル選手権2位(扇谷選手と1点差)

緻密な計画と逆算思考

刈川選手が目標達成のプロセスモデルにしたのは、横川尚隆選手・相澤隼人選手の2人です。若くしてファイナリストの壁を破り、短期間で日本一に駆け上がった先輩の成功例を研究し、同じプロセスを踏もうと考えました。

設定した進捗基準は明確でした。「2024年に東京選手権優勝と日本選手権ファイナリスト、翌2025年に日本選手権の表彰台」。この基準に間に合わなければ、その時点で見込みなしとしてボディビルをやめるという非情な判断基準も設けていました。

本人はこう語っています。「僕は熱中すると、他に何も手につかずやり込む性格です。トレーニングを極めた方が集まるのが日本選手権であり、その究極がミスター日本なら、目指すのはそこだけでした」と。

デビュー戦から計画通りの快進撃

2022年のデビュー戦・マッスルゲート東京ベイで即優勝。同年の全日本学生では2位、翌2023年には全日本学生を制しました。

2024年は計画通り東京選手権を優勝し、日本選手権に初出場でいきなり3位入賞という快挙を成し遂げます。さらに2週間後のジュラシックカップでは、扇谷選手を破ってグランドクラスを制覇。「令和の風雲児」という異名がこの年に定着しました。

大学生活における金銭面の工夫も印象的です。「大学生をやりながらボディビルをするのは金銭面で苦労することもある。3年生・4年生でボディビルに専念できるように、2年生までにアルバイトを頑張って貯金した」と語っており、競技への準備も計画的だったことがわかります。

2025年──1点差の激戦と悔しい2位

2025年の日本男子ボディビル選手権。扇谷開登選手との一騎打ちは、同じジム(横浜マリントレーニングジム)で練習するライバル同士の歴史的な戦いとなりました。

予選では刈川選手が1点リードしていましたが、決勝で審査員1人が評価を入れ替えたことで、合計点は同点ながら扇谷選手に軍配が上がりました。

「去年は勢いだけだったので結果がどうなるかわからなかった。今年は絶対に勝てる自信があったので、久しぶりにちゃんと負けを味わっています」と悔しさを露わにした刈川選手。それだけ万全の準備をしてきた自信があっただけに、1点差の敗北は深く刻まれたはずです。

「5年以内に日本一」という目標。2025年時点で残り時間はまだあります。計画はまだ終わっていません。

「5年以内に日本一、間に合わなければやめる」——この覚悟を持って計画通りに動ける選手がどれだけいるか。刈川選手の強さはここにあるぞ!

CGのような大腿四頭筋の秘密──刈川啓志郎のトレーニング哲学

刈川選手の最大の武器である「CGのような大腿四頭筋」は、どうやって作られたのでしょうか。

結論から言うと、刈川選手のトレーニングは「質重視・深部への刺激・圧倒的な種目数」が三本柱です。

基本スタイル:「重すぎず、軽すぎず」の質重視

刈川選手のトレーニングは、むやみに高重量を扱うのではなく、狙った部位への刺激を丁寧に積み上げる質重視のスタイルを貫いています。重量は「重すぎず、軽すぎず」、6〜10回できる設定で深部の筋肉に効かせることを重視。セット終盤では「これ以上やると危ない」くらいまで収縮と伸展を感じながら追い込み続けます。

トレーニングは週6回・6分割(胸・背中・肩・腕・脚裏・脚前)で実施。さらに特徴的なのが、トレーニング前に必ずコンディショニングの時間を設けている点です。

「自分は肩が内旋気味の猫背なので、トレーニング前にフラットな状態に戻さないと肩に痛みが出る。だから必ず時間をとります」と語っており、鈴木雅選手の指導のもと姿勢改善と関節の可動域確保を徹底しています。

コンディショニングってなに?

姿勢や関節の動きを整えるためのケアのこと。筋トレ前に体の歪みをリセットすることで、正しいフォームでトレーニングでき、怪我のリスクを下げながら狙った筋肉に刺激を入れやすくなります。刈川選手は猫背・なで肩・扁平足という特徴があり、これらを改善することで全身の発達と完成度が大きく向上したと語っています。

最大の武器:脚トレの圧倒的な種目数

刈川選手の脚トレは、種目数と追い込みレベルが桁違いです。1セットに入るまでのコンディショニングに15分以上かかることもあるという徹底ぶりです。

脚トレ種目(一例):

  • インナーサイ:3セット
  • アウターサイ:2セット
  • レッグエクステンション:8セット
  • 座った状態のレッグカール:6セット
  • ハックスクワット(重い重量):3セット+外側を狙って5セット
  • ルーマニアデッドリフト:3セット
  • ブルガリアンスクワット(ダンベル):3セット
  • 軽い重量でスクワット

もともとはスクワット中心でしたが、膝と腰を痛めたことで種目を増やしていきました。怪我によって生まれた多種目スタイルが、逆に「CGのような大腿四頭筋」を生み出したという経緯があります。

ベンチプレスへのこだわり

脚だけでなく、ベンチプレスへの取り組みも独自スタイルです。2024年シーズンには約8ヶ月でベンチプレスが120kgから140〜145kgまで成長しました。

その背景にあったのは「尻上げベンチプレス」の活用です。東京選手権前まではMAX160〜170kgを尻上げで挙げており、この記録が伸びた結果として通常のベンチプレスも伸ばすことができました。セットの組み方は「自力で1レップ+補助で2〜3レップ、すぐさま20kg落として自力で限界まで+補助」という高密度スタイルです。

弱点への向き合い方

刈川選手が自身の弱点として挙げているのが「コンディション(絞り)の仕上がり」と「上半身のカット」です。2024年の日本選手権で審査委員長から「全体のバランスは素晴らしいが、カットや仕上がりは課題」と指摘を受けており、本人も「ケガをしないためのトレーニング技術を上げる必要性を感じている」と自己分析しています。

弱点を認め、課題を明確にして改善する——この姿勢もまた、刈川選手の「計画された強さ」の一部です。

脚トレでコンディショニングに15分かけて、8種目以上をこなす。それが「CGのような大腿四頭筋」の正体だぞ!

彼女もトレーニングパートナー──刈川選手の人間性

刈川選手の「一極集中力」は、競技だけにとどまりません。日常生活の全てをボディビルに最適化するという徹底ぶりが、その人間性からも伝わってきます。

週6回一緒にジムへ行く彼女

刈川選手の彼女・藤崎まりなさんは、週6回全てのトレーニングに同行するトレーニングパートナーでもあります。フォーストレップの補助(自力で上がらなくなった後にサポートする方法)も担当しており、ベンチプレス140kgの補助もこなすほどになったそうです。

藤崎さんはこう語っています。「付き合うまでこんなに筋肉命みたいな人だとは思っていなかったんですけど……。私は鍛えたりしませんが、今ではベンチプレス140kgの補助もして自分の身体も少し筋肉がついてきました」と苦笑しながら語るエピソードが印象的です。

「筋肉に悪いことには興味がない」

刈川選手の一極集中ぶりを示す言葉があります。「筋肉に悪いことには興味がありません」——友人と遊びに行ったり、お酒を飲んだり、彼女との旅行もほとんどしないといいます。

「熱中すると他に何も手につかずやり込む性格」と自己分析しており、ボディビルに全てを注ぎ込むことへの迷いはありません。

勝利の賞金は周りへの感謝に

そんな刈川選手の人間性が最もよく表れたエピソードが、2024年ジュラシックカップ優勝時の賞金の使い道です。「優勝賞金は彼女と山分けして、残った分を周りの方へのプレゼントや食事代にする」と語っており、支えてくれた人への感謝を行動で示しました。

ボディビルに100%注ぎ込みながら、彼女や周りへの感謝も忘れない。その両立が刈川選手の人間的な魅力です。

賞金を彼女と山分けして残りは周りへの感謝に使う——競技への一極集中と人への誠実さが共存しているのが刈川選手の魅力だぞ!

刈川啓志郎のSNS・メディア情報

「もっと刈川選手のことを追いかけたい!」という方のために、公式SNSとメディア情報をまとめておきます。

SNS・メディア一覧

メディアアカウント・内容
Instagram@kei._.27(近況・トレーニング情報を発信)
X(旧Twitter)@m81314463(大会情報・日常を発信)
FITNESS LOVEインタビュー・トレーニング解説記事が複数掲載
VITUP!大会レポート・密着記事掲載
IRONMANBIG3解説・特集掲載

FITNESS LOVE・VITUP!・IRONMANでも特集

フィットネス専門メディアの「FITNESS LOVE」では、コンディショニングへの取り組みやトレーニング哲学を掘り下げたインタビュー記事が複数掲載されています。「VITUP!」では2025年日本選手権の1点差の激戦についても詳しく読むことができます。「IRONMAN」ではベンチプレスの伸ばし方に関する解説記事が掲載されており、刈川選手のトレーニングをより深く知りたい方には必読です。

FAQ──よくある疑問をまとめて解決!

ここまで読んできて「あれ、これってどういうこと?」と思った疑問をまとめて解決します。

刈川啓志郎の読み方は?

「かりかわ けいしろう」と読みます。苗字・名前ともに読み方がわかりにくいので、検索するときは「刈川 ボディビル」で調べると情報が出てきやすいですよ。

鈴木雅選手との関係は?

2022年からコンディショニング指導を受け、2024年からはトレーニングフォームの指導も受けています。「雅さんの指導で全身の発達と完成度の向上を感じている」と語っており、師弟に近い関係です。鈴木雅選手は日本ボディビル選手権7連覇の現役レジェンドで、刈川選手にとって最高の環境で指導を受けていることになります。

「令和の風雲児」とは?

2024年の日本選手権に初出場でいきなり3位入賞という快挙を成し遂げたことから、フィットネス界隈でこう呼ばれるようになりました。デビューから日本一を争うトップに駆け上がるまでの圧倒的なスピードが、この異名の由来です。

彼女はいるの?

藤崎まりなさんという彼女がいて、週6回全てのトレーニングに同行するパートナーでもあります。ベンチプレス140kgの補助もこなすほどのサポートを行っており、二人でYouTubeにも登場しています。

扇谷選手との関係は?

同じジム(横浜マリントレーニングジム)で練習するライバルです。2024年のジュラシックカップでは刈川選手が扇谷選手を破って優勝、2025年の日本選手権では逆に1点差で扇谷選手に敗れました。表彰式で抱擁を交わすシーンが話題になるなど、好敵手としての関係が際立っています。

「5年以内に日本一」という目標はいつ達成される?

大学1年(2022年)の段階で「5年以内」と設定したので、期限は2027年頃となります。2025年時点で日本2位まで到達しており、計画は順調に進んでいます。残り時間で日本一を達成できるか、今後の大会から目が離せません。

「5年以内に日本一」の期限まであと数年。刈川選手の計画がどう完結するか、これからの大会が本当に楽しみだぞ!

まとめ──刈川啓志郎が体現するもの

最後まで読んでいただきありがとうございます!この記事で紹介したことをざっくりまとめます。

  • 靭帯断裂でサッカーを諦めたが、リハビリがボディビルとの出会いになった
  • 「5年以内に日本一、間に合わなければやめる」という期限付き目標を設定
  • 計画通りに2024年日本選手権3位・2025年2位まで駆け上がった
  • CGのような大腿四頭筋は脚トレへの圧倒的な種目数と質重視の追い込みの賜物
  • 扇谷選手との1点差の激戦は、日本ボディビル史上屈指の名勝負

刈川選手の強さの核心は「感情ではなく計画で夢を追う」ことだとボクは思います。靭帯断裂という挫折も、大学生活の金銭的な苦労も、膝の痛みを抱えた脚トレも、全てを計画の中に組み込んで前進し続けた。

「5年以内に日本一」——刈川啓志郎選手の計画は、まだ完結していない。

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